つらい悪阻、情緒不安定な妊娠期を終え、無事に出産することができました。
コロナ禍の出産だったため、他の妊婦さんとの交流は一切なく、助産師さんも病室へ来てくれても、すぐ出ていっていまい聞きづらい雰囲気でした。
赤ちゃんの抱っこもおむつ交換も初めての経験だったので、心細い入院生活を過ごしました。
息子は病院でミルクを飲ませていたので、退院してから約1ヶ月直接授乳を拒否し、ギャン泣きする日々が続きました
私が息子の乳頭混乱を克服した方法をお伝えしたいと思います
母乳育児を希望するも入院中は病院のミルク生活
私は産前から完全母乳で育児をしたい!!と考えていました。
育児本を読んだり、妊娠後期からマッサージを行い、私なりに頑張っていたつもりでしたが、現実はそんな簡単なものではありませんでした。
産後すぐに母乳が出るはずもなく、病院で作ってもらったミルクを与えることになります。
母乳マッサージや母乳を出すための指導はなく、出なければミルクをあげるしかないのよ。と助産師さんに言われ、もっと母乳育児を推奨している産院を選べばよかったかな・・と後悔しました。
産後3日後に胸がものすごくはり、痛みで眠れる状態になかったので、手動の搾乳機を借りるものの、量はとれず胸を冷やしながら寝ました
私は胸が張りやすい体質のようで、この日から胸の張りと戦う日々が始まります
退院後、完全母乳育児をすることを決意!
1、搾乳をしてミルクから母乳を飲ませることに 搾乳機の購入
無事に退院したものの、入院生活で哺乳瓶の乳首を気に入ってしまった息子は、私から直接母乳を飲むことはできず、ギャン泣きする日々が続きます
しかし、胸がはって痛くて仕方がない私。胸のはりを解消すべく、搾乳機を購入しました
病院は手動の搾乳機でしたが、手が痛くなり思うように搾乳できなかったので、ピジョンの電動搾乳機を購入しました
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この電動搾乳機が私の救世主になります
哺乳瓶の乳首は大好きな息子のために
2〜3時間ごとに
搾乳(1回30分くらいかかる)
→哺乳瓶で飲ませる
→哺乳瓶を消毒する
を繰り返しました。
夜間にあげる分などまとまって搾乳できればよいのですが、1度に沢山搾乳してしまうと、ますます胸がはってしまうので、飲ませる分をその都度搾乳することしかできませんでした。
1回の搾乳に時間がかかるため、眠れない日々が続き、泣きながら夜間搾乳をする日もありました
2、直接母乳を飲ませたいと思うようになり、再び息子と格闘の日々が始まる
2週間ほど搾乳したミルクを与える生活をしていましたが、体力的な限界がきてしまい、直接母乳をのんでもらいたいという思いが強くなります。
そこで、産院でおすすめされた乳首を購入し、これを乳頭保護器の代わりに装着して息子に母乳を飲ませることにしました
哺乳瓶の乳首として西松屋で売っていました
保護器をつけた状態で飲ませる→搾乳した母乳を与えるという順番で飲ませました
吸いづらいのか最初は飲むのを嫌がりましたが、根気強く1週間ほど続けました。
最終的には保護器を嫌がるようになりましたが、保護器をつけて飲ませたことで、自分の乳首が柔らかくなり、飲みやすくなったので、使用してよかったと思います
乳頭混乱
生後3週目の出来事です
保護器をつけて母乳を与えることを続けましたが、ついに保護器をだすと泣き出してしまい、哺乳瓶の搾乳した母乳しか飲まなくなりました
直接授乳をしようとすると、あまりに大きな声で泣きわめくので、主人や私の両親にも、可愛そうだから搾乳した母乳かミルクで育てたほうがいいよと言われてしまいました
さすがに心が折れかけて、もうミルクで育てようかなと真剣に考えました
同時に、乳頭混乱というワードをひたすら検索していました
乳頭混乱とは、赤ちゃんが哺乳瓶を使った後、母乳を飲むことを拒否し、直接母乳を飲まなくなることです
そんな時ダメ元で購入したものが、桶谷式母乳育児相談室の乳首でした。
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哺乳瓶を桶谷式母乳育児相談室の乳首に変えて使用すると、飲むのに時間がかかるようになり今までよりも飲みづらそうにするようになりました
ついに直接授乳へ
哺乳瓶の乳首を変えて1週間
桶谷式の乳首にも慣れてきたので、久しぶりに母乳を直接あげてみることにしました
すると直接母乳を飲むことができるようになっていました
生後4週目のことでした
最初は短い時間でしたが、徐々に母乳を飲む時間を伸ばし、現在は完全母乳の生活をすることができています
寝る時も添い乳で眠ることができており、私の体の負担はだいぶ減りました
まとめ
私の場合は、完全母乳で直接飲ませることができるようになるまでに1ヶ月かかりました。
沢山泣いて悩んだ1ヶ月でしたが、今となっては良い思い出です
育児をしていると沢山の壁にぶつかりますが、息子と一つ一つ乗り越えていきたいと思います。